Eddy Lawrence Manson at SPAH

エディイ・マンソン (Eddy Lawrence Manson 1919年5月9日-1996年6月12日)

15歳のとき、ボラ・ミネヴィッチのハーモニカ・ラスカルズに入団、1950年代には、エド・サリバン・ショーに何度も出演。ミッチ・ミラー合唱団のハーモニカ奏者も務めました。色々なテレビ番組の作曲者としても活躍しました。日本で知られた番組には、「ベン・ケーシー」があります。映画音楽の作曲とハーモニカ演奏も数多く、「史上最大の作戦」の中でも使われています。

「セレソローサ/ハーモニカでポピュラーを」というLPのアルバムは大学ハモソの先輩から借りて録音で親しんでいました。後に後輩から譲り受け、現物を入手しました。ラバリアーズというグループが演奏していて、ハーモニキャッツとはまた異なる編曲で、当時のハーモニカ奏者たちにも多大な影響を与えたと思われます。私自身への影響と言えば、セレソローサの中フェイク、剣の舞の軽快な速さ、ストーミーウェザーの華麗な装飾音符、魅せられし心の妙なるハンドカバー奏法の音色、ジャンバラヤのアドリブなどがあり、この5曲については耳コピーにより私のレパートリーに取り込み、演奏しましたし、教室の指導曲としても使っています。

ルーマニア狂詩曲は、伴奏のバイオリンと速さを競ってるような演奏で、学生時代、ハーモニカってこんなに速く吹けるんだと聴くたびに感心していました。でも、この速吹きは私にはとても無理で、後のアジア大会で市販されている楽譜を購入しましたが、積んどくだけになっております。

小粋なワルツという曲では、華麗なるコード・ハーモニカ・メロディが挿入されています。メロディのクロマチックについては耳コピーして練習に励んでいました。トロッシンゲンの世界大会でHot Shotsのお二人がこの曲を演奏しました。2002年の厚木大会のときに、アル・スミスさんにコード・メロディの楽譜を譲ってもらえないかと掛け合いましたが、これは編曲者から直接許しを得て演奏しているものだから渡すことはできないのだとやんわり断られました。その代わり自分が編曲したものだったらいくらでもあげると言われ、後にどさっと楽譜の束が送られてきました。

マンソンさんのLP/EPは18枚あるようですが、何とか4枚を収集することができました。もっともっと聴きたかったラバリアーズ名義のものは1枚だけしかないようです。